2020/12/18 19:06

いつも当店をご利用いただき誠にありがとうございます。
老麺肉まん高野 二代目老麺師 髙野賢司です。
これまでツイッターをはじめ、当店の情報発信がおろそかに
なってしまい、大変申し訳ございませんでした。
新型コロナウィルスの感染拡大の影響で
会いたい人に会えなかったり、行きたいところに行けない…。
そんな日々が続いております。
作業に集中するばかりでお客様とお会いできる時間も減り、
何か自分が出来ないか?と思い、本日からブログ(当店の情報発信)を
はじめることにしました。
(下手な文章で読みづらいかもしれませんが…)
普段通りに、自由に書かせて頂けたらと思います。
普段通りに、自由に書かせて頂けたらと思います。
まず、第一回目の今日は、
やはり、肉まんの歴史(老麺とは)について書こうと思います。
(すごくざっくりと。。)
肉まんの起源は、中国の三国時代と言われており、
かの有名な諸葛孔明が作らせたことで知られています。
それまでお供え物であった人の頭は、かわいそうだからだと思うんですが。
人頭に似せた肉まんを捧げたことが始まりと言われております。
(饅頭:マントウ)
老麺の歴史は、その頃から始まります。
日本に伝わってきたのもそのころです。
しかし、老麺=肉まんは、日本の気候に合わない為、
試行錯誤の結果、おまんじゅうとして広く伝わり、
お供え物(甘いお饅頭)として親しまれてきました。
(縁起の良いもの)
そうなんです。
そもそも、老麺=肉まんは、日本の気候に合わないのです。
昭和の初めに、イースト菌の出現で
全国のコンビニで一年中食べられるようになりました。
老麺は、どうしても日本の気候に合わない為、
高級料理店の一流の料理人しか作ることができませんでした。
現在では、あまりにも手間がかかり、扱いが難しいため
日本だけでなく、中国でもこの老麺を扱える人がいなくなってしまいました。
老麺法(技術)が失われた主な原因
・春夏秋冬、その時の気候に合せた経験が必要
・タイミングがずれると何十時間発酵させても廃棄になっていまう
・肉まんを作るより、高級エビチリを作った方が圧倒的に楽
・現在の職人は、8時間労働の為、効率の悪い老麺を交代制で管理しなくてはいけない
などなど。
気候に合わないのは、もちろんですが、現代の労働環境にも
合わないのがこの老麺なのかもしれません。
当店が何故それが出来るのかというと…。
料理長がこの技術を日本を代表して
中国の超一流の技術者から学び、目黒雅徐園の日本最高峰の
環境で17年かけて日本の環境に合わせた老麺を作り上げることが出来たこと、
また、1テーブル数千万円の高級料理を目黒雅徐園でやらせて頂いて来たこと、
料理人人生で一番難しく、大変だけど。
魅力のある老麺を家族が力を合わせて、老麺と生活を共にしているから出来るのだと思います。
一番の理由は、老麺は、難しいし、効率も悪いけど。
どうだ!→美味しい!というお客様の笑顔が見たいから
やれているのかもしれません。
今回のテーマは、
ちょっと重い感じになってしまいましたが
大手企業様から連日、教えて欲しいという問合せがあまりにも多いので
あえて第一回のテーマにしました。
(第5回目のテーマぐらい
重くなっってしまうかもしれません。。。)
そんなあまり面白くないかもしれない
次回のテーマは、
【老麺肉まん高野 スタートの歴史】
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